「だーかーら!あの人はほんとに、元同僚!ちなみに言えば直属じゃない
けど、上司!係長様!あんたたちの考えるような関係は一切、
いっっっっさい!無い!」
厨房に集まる家族(父さん、お母さん、弟、弟の嫁、姪っ子、
甥っ子、総勢6名)に力説する。
そりゃー、勘繰りたくなるのも分かる。はるか彼方(新幹線で2時間くらい?)
からわざわざ独身女のところへばあちゃん曰く「シュッとしたいけめん」な
男が尋ねてきたら、もしかしたら?と思うのは分かる。
だけど、だーけーどー!終わった話なの。過去。ぜーんぶ過去!
多分仕事の関係かなんかでしょ、と締めくくるとようやく家族は納得したのか
しないのか、至極つまらなそうな顔をする。お母さんにいたっては、嫁に行け
ないのは育て方が悪かったからかしら、などと呟いて俯く始末。
ここで食って掛かるのは懸命ではないと判断して、客席でばあちゃんの淹れた
お茶をおいしそうに飲む川上のところへ戻る。
「で?川上さん、何をしにこちらへ?」
「さーわー、久しぶりに会ったってのにもうちょっとなんか無いのかよ?」
「無い!」
一刀両断。ばっさり袈裟懸けに切り捨てるも、ヨヨ、と泣きまねをするコイツ
にはちっとも効いていないのは分かっている。
「さわちゃん、いけめんさんには優しくしなくちゃ、だめよー」
「めー、よー」
ばあちゃんがニコニコしながらあたしを窘める。ついでになぜか着いてきた
姪っ子もあたしの服の裾を引っ張ってしかめっ面で窘める。
背後からは甥っ子の「さわこ、ついに行かず後家脱出かー」などと呟いている
声が聞こえる。
だめだ、このままだとろくに話もできない。いや、あたしとしては話すこと
なんか無いんだけど、このまま、じゃあ元気でな、なんてこの男が帰るわけが
無い。何かあるんだ。いや、無いほうがいいんだけど。
「・・・川上さん、ここじゃなんなんで、ちょっと出ましょう・・・」
向かったのは、近所のお姉さん(出戻り、バツ2)エリさんが営んでいる
スナック。バーなんて、そんなものはこの辺りには無い。お洒落な内装のイタ
リアンも大人の社交場的な渋い居酒屋も無い。場末のスナック(エリさんに
言ったら殺されるな)では川上は非常に浮いていた。
「あらー、澤子、あんたずいぶんいい男連れてるじゃないの」
川上にだけにっこり笑顔でビールを注ぎながら微笑むエリさんへ、ニッコリ、
スカッと爽やかスマイルを飛ばす川上が忌々しい。
「元上司なの。エリさん、ちょっとこの人と話あるから、向こう行ってて」
手酌でビールを自分のコップへ注ぎながら、目線でエリさんを追いやる。
どこに行ってもこいつはイケメンだの爽やかだの言われてチヤホヤされる。
確かに見た目はいい。いや、あたしが面食いって訳ではないんだけど。
180センチを超える長身に、いつ鍛えているのか分かんないけど引き締まっ
た身体。長い手足。薄茶色の目は睫毛も長くて非常にうらやましい。少し緩め
られた襟元から覗く喉仏が色気を感じさせるとか、させないとか。
ホープとかスターとか理想の王子とか、社内外問わずこいつは非常にモテた。
一方のあたしは。
穴の空いたジーンズにざっくりしたセーター。足元はよれたスニーカー。顎ま
でのストレートボブの前髪は今は邪魔にならないように姪っ子の蝶々が付いた
ピンで留めてある。すっぴん。眉毛は半分しか無いし、何の変哲もない10人
並の容姿。
身長が170センチ近いって事を考えるととても男好きする容姿とは言えない。
ガリガリで凹凸も乏しいし。
―本当に、この人はあたしと付き合っていたの?とても不釣合いだ。
頭の中に浮かんだ言葉をビールの一気飲みで追い払う。
別に本当じゃなくてもいいんだ。嘘でも、夢でも妄想でも。過去のこと。
あたしにはもう関係の無いことなんだから。
「澤は相変わらず飲みっぷりがいいね」
なんだか嬉しそうに笑う川上に、一瞬胸がギュッとする。飲み食いするあたし
をこうやって、いつも嬉しそうに見てたな、なんて思い出し・・・ちゃだめだ。
だめだめ。何しに来たのかを確かめないと。
「で、川上さんはどうしてこちらに?」
「ん?仕事。ほら、この近くの食品会社あるだろ?そこの基幹システムの
案件、取りたいなー、と思って」
どこからどういう伝手を辿ればこんな遠方に来ることになるのか。そもそも、
わざわざこいつが出てくる仕事?若手に任せればいいじゃないか。
何を企んでいる?
色々考えてみるけれど、思いつかない。けど、あたしは知ってる。何か必ず裏
がある。こいつは見た目に騙される女性(男性もだけどね)が多々いるけど、
中身は腹黒で、鬼畜で、孔明もびっくりの策士だ。
「で、何の裏があるんですか?」
策士相手に策を講じるのは懸命じゃない、っていうのは長い付き合いで分かっ
ている。あたしにできるのは直球勝負のみなんだ。いつも。
「あー、やっぱり分かる?」
「そりゃあね」
やっぱり澤には隠せないなー、と苦笑する表情も麗しい。見とれるのが悔しく
て、あたしはスッと視線を逸らす。
「で、何なんですか?早く白状してくださいよ」
しょうがないなー、ともったいぶって、ふと黙る。
無言?と視線を戻すと下から覗き込むように見つめる視線に絡め取られる。
「澤に、会いにきたんだよ」
奥が透けそうな薄茶色の目は、あたしを逃がさないって宣言しているようで、
それはあたしに初めてキスしたときのそれとすごく、似ていた。
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