馬鹿みたいだって自分でも思う。
4年はあまりにも長い月日だ。
友達の子供が生まれて、
ハイハイするようになって、
立って、
喋って、
走るようになって、
幼稚園に通うことになって、入園祝いをせびられた。
生まれたばかりの乳児が一人前の人間のようになるまでの間、私はひとつも
成長していないってことだもの。
4年の間、くっ付いて、別れて、またくっついて、喧嘩して、家出して、また
くっついて、くっついて、くっついて・・・。
本当に馬鹿みたいだ。
4年の間、泣いて、喚いて、飲んだくれて、泣いて、泣いて、自棄になって、
泣いて、泣いて、泣いて泣いて・・・。
もう一生分の感情の浮き沈みを一人の男に使い果たしたような気すらしていた
のに。
手当たり次第にあいつの荷物をダンボールに詰め込む。
何件も家電量販手をはしごして探したシェーバーも、あいつのお気に入りの
シャツも、しょっちゅうトイレに持ち込んでいたペーパーバックも、喧嘩の
時にケースにひびが入ったCDも。手当たり次第。
風船みたいな男だった。
フラフラ。フワフワ。
すぐにどこかにいなくなって、心配したって帰って来ない。あたしがいたって、
他の女にすぐにいい顔して。怒りに任せて追い出したって、行く所に困って
無かったはず。そう、あたしはいなくてもよかったんだ。あたしがいなくて
もあいつは全然平気だった。それを、
『お前がいないと困る』
そんな甘い言葉を頼りにして、すがって、寄りかかって。ここまでズルズル
ズルズル。
もう潮時だと感じたのはあたしだけじゃなかったはず。
末期も末期。
手遅れ。
取り返しのつかないところまであたしとあいつの関係は破綻していた。
何を信じていいかもわからなくて。
傷つけて、傷つけて、傷つけて。
それでも手を離せなくて。
楽しい思い出なんてひとつも思い出せない。
いつも泣いているか、怒っているか、傷つける言葉を捜しているような最後の
月日しか覚えていない。
唯一思い出せるのは、泣いた後に決まって知恵熱を出すあたしの為にいつも
あいつが買ってきたプリン。
コンビニで買えるプッチンってする安いヤツ。甘くて、甘くて、余計に涙を誘う。
それを泣きながら食べるあたしに耳元で謝るあいつの声も同じくらい甘か
った。頭をなでる熱い手は、その時だけはあたしのもので、誰にも渡したくな
いってその度に思ったんだ。
ジッポのライターに、無くしたとあいつが思っている腕時計、カップラーメン
を食べる時に律儀にひっくり返していた砂時計、見ることも憚られるあいつの
女関係が詰まったスケジュール帳、ずっと使っていたモンブランの万年筆。手
当たり次第、全部。
ああ、どうして気づいちゃったんだろう。
あいつのお気に入りのマグカップ、取りに向かったキッチンで。
さよならを告げたあたしに、あいつは声もかけずに出ていった。何か置いて
いったのは知っていたけど、それが何か確認することすらしてなかった。
泣くことも無く、声を荒げることも無く、傷つける言葉を捜すことも、二人の
繋がりを確かめることもあたしはしなくなっていた。
疲れ果てていたんだ。
終わりの無いリピートの日々に。それをあいつも気づいていた。だから何も言
わずに出て行った。最後の「ごめん」を残して。
玄関脇の冷蔵庫の上。
置き去りにされた袋の中には、いつものプリン。
キッチンから取ってきたマグカップ、近所の喫茶店からこっそり拝借してきた
灰皿、友達からもらったインドの象の置物、洗濯すると怒るヴィンテージの
ジーンズ、お守り代わりのごついリング、手当たり次第、全部・・・。
あれ、なんでだろう。
視界が曇ってきちんと見えない。
全部。あいつの荷物全部詰めてしまわないと。早く片付けて、あいつとあたし
の仲も全部片付けてしまわないといけないのに。
水滴が。
ポタリ、ポタリ、ポタリ。
水滴がジーンズのひざを、ダンボールの縁を、あいつのガラクタを次々に濡ら
していく。
もう枯れたと思っていた。
あいつに流す涙なんて、もう一滴も残っていないはずなのに。
泣いたって、あいつの声も、熱い手も、抱き寄せる腕もここにはもう無いのに。
もう戻れない。
分かっている。何をどうやっても最初からやり直すことなんてできない。
それでも、今でも思っている。
あの熱い手を今でもあたしは誰にも渡したくなんてないって。
分厚い専門書、どこかのショップのノベルティTシャツ、しつこいくらい繰り
返し見ていたDVD、愛用の香水のボトル、あたしの寝顔ばっかり撮ってた
カメラ・・・。
あいつの荷物が片付いた部屋はなんだかひどく空っぽに見えた。
そんな中でおもむろに冷蔵庫の上から取り出した、最後のプリンは口の中で
甘くほどけて消えた。
けど、あたしの苦い気持ちは行き場をなくして、あたしの中にまだ、残って
いる。