裸の胸にもたれ掛かる彼の髪を何度も指で梳く。裸の胸にもたれ掛かる彼の
髪を何度も指で梳く。
それに彼は気持ち良さそうに目を細める。それが何だか可愛くて、ギュッと頭
ごと抱きしめた。かすかに香るのは彼の香水の香り。
それを鼻腔に感じながら、ふと思い出し笑いを浮かべた。
「なに?何か楽しいことでもあった?」
「うん。楽しいっていうか、微笑ましいっていうか、ね」
どんな話?と、一瞬離れた頬は今度は首筋に埋められる。時折、軽いリップ音
を立ててついばむようにいたずらに動いて。それがくすぐったくて、身をよじ
ると、早く、と、身体の内側から話を催促する声が響いた。
夕方、彼との待ち合わせの時間前に立ち寄ったドラッグストア。そこで見かけ
たのは、まだにきび痕も消えないような少年達。
噎せ返るような香りの中で、オドオドと、でも真剣な眼差しで選ぶのは香水。
色気づいた、と言えばそれまでだけど、彼らは誰を意識して香りを選ぶのだろ
う、そう思ったらふいに思い出したのは一つの香り。
幸せ、と一言で表した木漏れ日のような香り。それはまるで恋に舞い上がって
フワフワした足取りみたいな香りだと思った。いや、恋に舞い上がって
フワフワした足取りになっていたのは私自身。
そして、もう会う事は無いだろう、彼。
初めて嗅いだのは雨宿りで立ち尽くした昇降口。
隣に並ぶ彼の肩口に顔を埋めたとき。
突然の事に硬直した私の髪を、彼は優しく、でもしっかりと拘束した。
いい匂いがするよ、そう呟いた私に彼は一言だけで返した。
―これは、今の気持ち。
彼の気持ちがどんな名前の香りなのか、私が知ったのは初めて抱き合った、
彼の部屋でだった。
西日に透ける暖色のボトルが眩しく光って、私の目を射した。
それを遮ったのは彼の大きな手のひら。
塞がれた唇が執拗に追いかけて、呼吸ごと奪っていった。
崩れかけた意識の片隅に響いた声が今でも忘れられない。
―――窒息しそうなくらい、しあわせ・・・
「・・・どうしたの?」
はっとすれば怪訝そうな目が私を見つめていた。胸を覆っていた長い髪を指で
絡めて、ツン、と引っ張る。
「・・・タイムスリップ?みたいな?」
ふふ、と笑えば、不機嫌そうに眉をしかめられた。
「誰の事思い出してたの?」
思い出の気配にさえ敏感な性質の彼に唇を寄せて、笑いをかみ殺す。香りの
記憶はなかなかしつこい。甘くて、きれいで、幸せな思い出の香り。甘い、
甘い、呪いのようだ、と思った。
「・・・あなたの事」
「嘘」
「ふふ、嘘じゃないよ。あなたの香りを初めて嗅いだ時の事、思い出してたの」
あれから私は嘘が上手になった。
いつかこの人の香りの記憶も幸せな記憶になるのかしら、そんな事を思いな
がらかつての彼とは別の香りを胸いっぱい吸い込んだ。